寝台特急「あかつき」とは?

寝台特急「あかつき」は、昭和40(1965)年10月1日ダイヤ改正から運転をはじめた列車です。


写真1
14系15形客車(銀帯)をEF65PF(1123号機)が牽引する寝台特急あかつき

列車名のルーツは、日の出・明け方を意味する言葉「暁」です。


「あかつき」という列車名称は、そもそも東海道本線東京〜大阪間の夜行急行列車名でした。


運転期間は、昭和33(1958)年10月〜昭和36(1961)年9月までと昭和37(1962)年6月〜昭和39(1964)年9月まででした。


運転開始当初は不定期で全車座席車の列車でした。


昭和34(1959)年9月に毎日運転される不定期列車となると同時に寝台列車化されました。


不定期夜行急行「あかつき」は、昭和37(1962)年10月にいよいよ定期列車化され「彗星」や「月光」などともに東海道夜行急行列車の一員として活躍しました。


夜行急行列車「あかつき」は、昭和39(1964)年10月東海道新幹線開業によるダイヤ改正で「彗星」などとともに廃止されました。


そして、昭和40(1965)年10月1日ダイヤ改正で「あかつき」は関西〜九州間の寝台特急列車の名称に用いられるようになりました。


「あかつき」がデビューした昭和40(1965)年10月1日ダイヤ改正は、昭和36(1961)年10月1日、昭和39(1964)年10月1日、昭和43(1968)年10月1日という前後の歴史的なダイヤ改正にくらべ話題になりにくいものです。


しかし、決して空虚なものではありませんでした。


昭和40(1965)年10月ダイヤ改正では、新幹線に連絡する在来線の質的向上がひときわ前進しました。


幹線の電化区間が延伸され鹿児島本線は熊本まで、東北本線では盛岡までとなりました。


車両面では昭和39(1964)年末に登場したばかりの481系や、非電化区間にも特急網を広げたキハ80系の増備などが行われました。


寝台特急「あかつき」がデビューした時の運転区間は新大阪〜西鹿児島(現在の鹿児島中央)・長崎間でした。

使用車両は、向日町運転所(現在のJR西日本 吹田総合車両所京都支所)の20系客車で電源車1両、A寝台2両、B寝台10両、食堂車1両、普通座席車1両からなる15両編成でした。


電源車1両・食堂車1両・A寝台1両・B寝台4両・普通座席車1両からなる基本編成8両(1〜7号車)が新大阪〜西鹿児島間、A寝台1両・B寝台6両からなる7両(8〜14号車)が新大阪〜長崎間となりました。


途中の鳥栖で分割・併合し、新大阪〜長崎間の編成は鳥栖で電源車マヤ20の増結・切離しを行いました。


関西圏〜九州間の寝台特急は、東海道新幹線と連絡することで関東・九州地区でそれぞれの滞在時間を最大化できる経絡としても便利でした。


寝台特急「あかつき」もデビュー間もなくから好評で、昭和43(1968)年10月1日で1往復が増発されたのをきっかけにダイヤ改正のたびに増発されていました。


その後は、昭和47(1972)年3月15日で1往復、同年10月2日で1往復、昭和48(1973)年10月1日で1往復、昭和49(1974)年4月25日に1往復が増発されました。


昭和49(1974)年4月25日ダイヤ改正が「あかつき」の運転本数としてはピークの7往復となりました。


細々と残る現在の状況からはイメージできないような光景でした。


7往復となった「あかつき」でしたが、それもつかの間でした。


山陽新幹線博多開業にともなう昭和50(1975)年3月10日山陽新幹線博多開業にともなうダイヤ改正が行われました。


この改正で九州ブルトレは方面別に愛称が整理・統合されました。


鹿児島本線系統の愛称は「明星」に、長崎本線系統は「あかつき」になりました。


「あかつき」は大阪・新大阪〜長崎・佐世保間運転の列車愛称となったのです。


西鹿児島や熊本にも到達していた「あかつき」はこの影響で一気に半分以下の3往復となってしまいます。


使用客車は、デビュー時から昭和47(1972)年3月15日ダイヤ改正までは20系客車のみでした。


昭和47年10月2日ダイヤ改正から1往復が14系化されたのをきっかけに、24系24形、24系25形といった新系列客車へと次々に置き換えられていきます。

これにより同一列車名で複数本数運行する列車として20系客車からはじまる寝台特急用客車(JR化後に登場した車両は除く)をすべて使用した列車となりました。


20系客車は昭和48(1973)年10月1日ダイヤ改正以降はデビュー時の新大阪〜西鹿児島・長崎間の列車1往復のみとなり、3往復化された昭和50年3月で消滅しました。


3往復化された「あかつき」の使用車両は、14系客車が2往復・24系25形客車が1往復でした。


昭和53(1978)年10月2日ダイヤ改正(ゴーサントオ改正)で14系15形による2往復運転となった後は、しばらくその体制が維持されました。


国鉄最後のダイヤ改正となった昭和61(1986)年11月1日ダイヤ改正ではデビュー時の1往復に戻ってしまいました。


この時の使用車両は14系15形で運転区間は新大阪〜長崎・佐世保間でした。


そして、「あかつき」の佐世保編成に普通車座席指定席が連結されるようになりました。


JRとなってからの「あかつき」は、平成2(1990)年3月からオハ14形300番台「レガートシート」の連結をはじめました。


レガートシートは高速バスヘの対抗するべく室内を3列腰掛とするなどプライバシーに配慮した普通座席車で配置は向日町運転所です。


レガートシートの登場により、昭和61(1986)年11月1日ダイヤ改正から佐世保編成に連結されていた座席車はB寝台に変更されています。


平成3(1991)年3月16日には、関西側の発着駅が京都とされ、運転区間は京都〜長崎・佐世保間となりました。


平成4(1992)年4月25日から京都〜長崎間の編成のB寝台車1両をオハネ15形350番台のB寝台個室(ソロ)に置き換えました。


オハネ15形350番台は351〜353の3両が用意され、鷹取工場で向日町運転所に配置されていたオハネ15形を種車に改造されました。


平成7年1月17日に発生した阪神大震災で山陽本線は不通となりました。


「あかつき」も影響を受け、当分の間運休とされました。


同年1月30日〜3月30日まで大阪〜姫路を福知山・山陰・播但線にう回し「あかつき81・82号」として運転されました。

編成は大幅に短縮され、B寝台車のみの7両で運転されました。


7両編成とされたのは、播但線の有効長が8両であったためです。


この有効長のなかで輸送力が確保できるよう、電源車を必要としない14系寝台車7両の編成で、4両が長崎駅発着、3両が佐世保駅発着で運行されました。


ちなみに、寝台特急「なは」でもこのルートでのう回措置が行われました。


同年4月1日山陽本線の復旧完了により従来の「あかつき」としての運転が再開されました。


平成10(1998)年10月3日、寝台特急「あかつき」の長崎編成に1人用A寝台個室「シングルデラックス(DX)」1両と、2人用B寝台個室「ツイン」・「シングルツイン」の合造車1両の連結をはじめました。


同年7月に「サンライズ出雲」の運行開始により廃止された寝台特急「出雲」2・3号から転用しました。


いままで長崎編成に連結されていた1人用B寝台個室「ソロ」は佐世保編成へに移されました。


寝台特急「あかつき」の編成は、長崎編成が6両(繁忙期8両)、佐世保編成が5両(繁忙期は6両)の合計11両編成(繁忙期は14両編成)となりました。


内訳をみると長崎編成は、レガートシート1両、「シングルデラックス(DX)」1両、「ツイン」・「シングルツイン」合造車1両、簡易4人用B寝台「Bコンパートメント」車1両、開放式B寝台車2両(繁忙期は4両)からなり、佐世保編成は、1人用個室B寝台「ソロ」1両、開放式B寝台車4両(繁忙期は5両編成)となっています。


この編成が単独運行としては最終編成となりました。


平成12(2000)年3月11日ダイヤ改正では、「あかつき」の佐世保発着が廃止され、京都〜長崎間のみとなりました。


昭和43(1968)年10月1日ダイヤ改正から運転されてきた佐世保発着はここで終了するとともに、佐世保線に乗り入れる夜行列車、JR他社管内直通列車は消滅しました。


佐世保発着が廃止された「あかつき」は、あらたに京都〜門司間で寝台特急「彗星」と併結をはじめました。


平成17(2005)年10月1日ダイヤ改正で併結相手の「彗星」が廃止されました。


「あかつき」は「なは」と京都〜鳥栖間で併結運転するようになりました。

平成20(2008)年3月15日ダイヤ改正で併結相手の「なは」とともに廃止されてしまいました。


昭和40(1965)年10月1日ダイヤ改正で「あかつき」が誕生してから42年半、関西〜九州間のブルートレインと夜行定期列車は消滅しました。


同時に長崎本線に乗り入れる夜行列車およびJR他社直通列車と、JR九州管内の在来線に定期列車としてJR旅客他社の車両が乗り入れることもなくなりました。



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