寝台特急「瀬戸」とは?

寝台特急「瀬戸」とは?

寝台特急「瀬戸」は、山陽新幹線が岡山開業を果たした昭和47(1972)年3月15日ダイヤ改正で誕生しました。


運転区間は東京〜宇野間でした。


寝台特急「瀬戸」は、本州〜四国間の連絡輸送の中心になるべく運転がはじまりました。


鉄道による本州〜四国の連絡輸送が計画されたのは、明治時代でした。


国による宇高連絡船の運航も明治43年6月からはじまっています。


明治時代から連絡船が運航されていたにもかかわらず、東京から宇野線直通列車の運転開始は昭和25(1950)年10月1日からでした。


この列車が寝台特急「瀬戸」の先祖となる列車で東京〜岡山間は、東京〜広島間の急行「安芸」と併結運転していました。


昭和26(1951)年9月15日に、宇野線直通列車は急行「安芸」から別れて東京〜宇野間を単独運転する3039レ・3040レとなりました。


同年11月25日、3039レ・3040レは東京〜大阪間で、急行「出雲」(東京〜大社間[福知山線経由])と併結運転をはじめ、単独運転はわずか2ヶ月で終わりました。


同年12月2日には、3039レ・3040レに「せと」と名付けました。


併結から単独、そして再度併結となった「せと」でしたが、東海道本線全線電化完成のともなう昭和31(1956)年11月19日ダイヤ改正から再度単独列車として運転をはじめました。


併結時代は「せと」とひらがなであった列車愛称名は2度目の単独運転開始とともに、「瀬戸」と漢字になりました。


東海道新幹線開業にともなう昭和39(1964)年10月1日ダイヤ改正では、姉妹列車として寝台急行「さぬき」が新設されて四国連絡列車は2本となりました。


「さぬき」は、昭和43(1968)年10月1日ダイヤ改正(いわゆるヨンサントオ)で「瀬戸」に統合されて「瀬戸」は2往復となりました。


そして、昭和47(1972)年3月15日ダイヤ改正で急行から特急となったのを契機に「瀬戸」は1往復となっています。


運転開始当初の寝台特急「瀬戸」に使われたのは20系客車で担当は当時の品川客車区でした。

九州ブルトレの寝台特急「さくら」などには20系客車が使われていました。


昭和47(1972)年になると、これらが当時「新型ブルートレイン」と呼ばれた14系寝台客車(14系14形)に置き換えられました。


これによって20系客車に余裕が生じたことから、これを寝台特急「瀬戸」に使うようになりました。


5号車には食堂車が組み込まれていました。


しかし、上下列車とも終着が6〜7時台であったため、食堂車は営業休止となっていました。


編成は15両編成で、内訳は電源車1両、A寝台2両、食堂車1両、B寝台11両でした。


列車番号は下りが15レ、上りは16レでした。


運転開始当初の時刻は、下りは東京19時25分発→岡山5時22分着30分発→宇野6時12分着。


宇野で6時30分発の宇高連絡船7便に接続し高松には7時30分に到着していました。


上りは、宇野21時05分発→岡山21時39分着44分発→東京7時25分着。


宇野で高松19時48分発→宇野20時53分着の宇高連絡船34便から接続を受けていました。


営業休止ながら編成に組み込まれていた食堂車は、昭和48(1973)年10月に外されました。


食堂車の後には、昭和49(1974)年4月からB寝台車1両が組み込まれました。


昭和50(1975)年3月10日山陽新幹線博多開業にともなうダイヤ改正が行われました。


寝台特急「瀬戸」は、この改正で車両の担当が品川客車区から下関運転所(当時)と広島運転所とされ、寝台特急「あさかぜ」2号(下り)・1号(上り)と共通運用となりました。


このため、一度は外されていた食堂車が営業休止とされていたものの返り咲きました。

昭和52(1977)年10月1日から使用車両を3段式寝台の20系客車から2段式寝台の24系25形寝台客車に変更されました。


編成は、A寝台がなくなってB寝台だけとなり、食堂車はありませんでした。


担当は基本編成が下関運転所(当時)、付属編成が広島運転所でした。


基本編成と付属編成に分かれていたのは、共通運用の「あさかぜ」の付属編成の連結が東京〜広島間となっていたためです。


寝台特急「瀬戸」では途中駅で基本編成と付属編成を増結・開放することなく全区間通して連結していました。


この頃は、20系客車も昭和33(1958)年のデビューから20年近く経過していたため、老朽化が進み特急運用からは退きつつありました。


「B寝台のみ」とはいえ、2段式となり頭上高さが確保された24系25形となってサービス改善が図られました。


昭和63(1988)年4月に瀬戸大橋が開通しました。


同時に鉄道も四国と直結、本州〜四国間で列車が直通するようになり宇高連絡船が廃止されました。


寝台特急「瀬戸」は、宇野発着から高松発着へと改められ、四国への乗り入れを果たしました。


東京〜高松間の運転となった当初の列車番号は下りが13レ、上りは14レでした。


時刻は、下りは東京21時05分発→岡山6時28分着30分発→高松7時36分着。


上りは、高松20時32分発→岡山21時40分着43分発→東京7時09分着でした。


平成2(1990)年3月には、当時共通運用であった「あさかぜ2・3号」とともに、1人用A個室寝台「シングルDX」(オロネ25 300番台)と「ラウンジカー」(スハ25 300番台または、オハ25 300番台)の連結がはじまりました。


平成10(1998)年7月10日、寝台特急「瀬戸」は、285系特急形直流電車に置き換えられ「サンライズ瀬戸」となりました。


客車を用いた寝台特急「瀬戸」は、その役割を終えました。



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